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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)11839号 判決

原告 北崎信用組合

右訴訟代理人弁護士 近藤与一

同 近藤博

同 近藤誠

被告 大雪物産株式会社

右訴訟代理人弁護士 榊原卓郎

右訴訟復代理人弁護士 宮島崇行

主文

一、原告の請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1.被告と訴外大和屋製パン株式会社との間の、同社が財団法人防衛弘済会に対し有する食品類の売掛代金債権を被告に譲渡する旨の債権譲渡契約は、これを取消す。

2.被告と訴外大和屋製パン株式会社との間の、同社が財団法人鉄道弘済会に対して有する食品類の売掛代金債権を被告に譲渡する旨の昭和四四年六月五日付債権譲渡契約はこれを取消す。

3.被告は原告に対し、金二九三万〇二二六円及びこれに対する昭和四四年一一月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

4.訴訟費用は被告の負担とする。

5.仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二、当事者の主張

一、請求原因

1.原告は中小企業等協同組合法に基く、金融機関であり、被告は競走馬の売買その他を業とする会社である。

2.原告は昭和四三年三月一八日訴外大和屋製パン株式会社(以下大和屋という)との間で手形貸付、手形割引、証書貸付等の取引約定を締結し、これに基いて別表記載のとおり右大和屋振出の手形を所持しており、同会社に対し計五八〇三万七二九〇円の債権を有する。

3.大和屋は、パン菓子類等の食品を販売する会社であるが、昭和四四年五月三一日不渡手形を発行し、続いて銀行取引が停止となり営業を閉鎖して現在にいたっている。

4.ところが被告は大和屋に対し金三〇〇万円およびこれに対する昭和四三年一二月二五日より支払済まで日歩四銭の割合による利息並に遅延損害金を債権(昭和四四年七月三一日現在の元利金合計三二六万二六一六円)として有するものであるが、同社が不渡手形を発行した昭和四四年五月三一日の直前に、大和屋が訴外財団法人防衛弘済会に対して有する、売掛代金債権金額につき債権譲渡をうけたとして、同会から次のとおり金員を受領した。

①  昭和四四年六月三〇日 二七万二九一九円

②  同年七月二日 二三万〇二六一円

③  同年同月三一日 四万〇二〇五円

以上合計五四万三三八五円

5.又被告は昭和四四年六月五日大和屋から同社が訴外財団法人鉄道弘済会に対して有している売掛代金債権全額につき債権譲渡をうけたと称し同年七月下旬頃二六八万円を受領した。

6.しかし大和屋は、原告や訴外北村某に対しても同社の財団法人鉄道弘済会に対する売掛金の債権譲渡をしている事実や、被告がその体裁から明らかに大和屋倒産後に作成したものと認められる譲渡証書により債権譲渡を受けたと主張している事実からすると被告は大和屋の真意と関係なく勝手に債権譲渡をうけたとして前記金員を受領したものである。

7.しかし仮に真実、債権譲渡契約があったとしても右二つの債権譲渡は大和屋倒産の直前ないし直後において、そのようなことをすれば債務者たる大和屋の一般財産が減少し、債権の完済ができなくなることを知ってなされた一般債権者を害する詐害行為である。

なお、原告は大和屋が訴外財団法人鉄道弘済会に対して有する債権の譲渡を受けたとして右鉄道弘済会に訴を提起して請求していたところ昭和四五年一一月に右鉄道弘済会より金二四七万〇〇八五円を受領した。そこで、被告が、4・5記載のとおり防衛弘済会及び鉄道弘済会より受領した金三二二万三三八五円と原告が鉄道弘済会より受領した金二四七万〇〇八五円を加えると金五七三万一六八五円となり、これを原告の債権金五八〇三万七二九〇円と被告の債権金三二六万一六〇〇円とで按分比例で公平に分配すれば原告分5,731,685×5,803,790/63,768,975=5,438,526.-被告分5,731,685×3,261,600/63,768,975=293,159.-となる。以上のように被告が公平に分配を受けるとなれば金二九万三一五九円しか得られないのに金三二二万三三八五円を取得しているので、差引金二九三万〇二二六円が詐害行為となるのである。

8.よって被告と訴外大和屋製パン株式会社との間の同社が財団法人防衛弘済会に対して有する食品類の売掛代金債権を被告に譲渡する旨の昭和四四年五月一五日付及び同社が同鉄道弘済会に対して有する食品類の売掛代金債権を被告に譲渡する旨の同年六月五日付の二つの債権譲渡契約の取消並びに被告は原告に対し金二九三万〇二二六円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四四年一一月一一日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1.請求原因1は認める。

2.請求原因2は知らない。

3.請求原因3の事実中手形不渡日が昭和四四年五月三一日であるとの点は不知、その余は認める。

4.請求原因4は認める。

5.請求原因5の事実中債権譲渡の日が昭和四四年六月五日である点は否認しその余は認める。

6.請求原因6、7、8は否認する。

第三証拠〈省略〉

理由

一、請求原因1の事実は当事者間に争いない。

二、〈証拠〉によれば、原告と大和屋との間で昭和四三年三月一八日手形貸付、手形割引、証書貸付等の取引約定が締結され、右約定に基づき原告は手形貸付をなし、原告は別表記載のとおり右大和屋が提出した約束手形を所持しており、大和屋に対して合計五八〇万七二九〇円の債権を有することが認められる。

三、証人大塚清の証言によれば、大和屋は昭和四四年五月三一日に、原告に対し支払をなすべき約束手形五通金額合計四二八五万円の支払が出来ず不渡とし、その後同年六月七日にも不渡を出し、同月八日銀行取引停止となったことが認められる。

四、請求原因4については当事者間に争いない。

五、被告が大和屋から、同社が財団法人鉄道弘済会に対し有している債権の譲渡をうけたとして、四四年七月下旬頃二六八万円受領したことは当事者間に争いない。

六、〈証拠〉によれば昭和四四年五月一五日被告と大和屋との間で、同社が財団法人防衛弘済会、ならびに同鉄道弘済会に対して有する売掛代金債権をいずれも被告に譲渡する契約がなされたことが認められる(以下本件債権譲渡という。)。よって右譲渡が架空のものである旨の原告の主張は採用できない。

七、〈証拠〉を総合すれば次の事実が認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。

①被告は昭和四三年一二月二五日、大和屋に対し金三〇〇万円を利息日歩四銭の約で貸付け、その後一旦内金一〇〇万円の弁済をうけたが、同四四年五月一五日頃更に、一〇〇万円の貸付申込をうけたのでこれを貸付けることとした。この際大和屋は被告に対し、同社が財団法人防衛弘済会、同鉄道弘済会に対して有する売掛代金債権を被告に譲渡し、被告の貸金元本三〇〇万円と利息損害金の合計金額の範囲内で、防衛弘済会及び鉄道弘済会より金員を受領する権限を被告に与える契約をなしその旨の証書を作成した。

②大和屋は、設備投資の過剰、放漫経営等を原因として経営状態が悪化し、昭和四四年四月頃から一部従業員の給与の遅れ、銀行辺りからの催促が目立ち始め、そして同年五月三一日には原告に対して振出していた約束手形を不渡りにし、続いて六月八日銀行取引停止処分をうけて営業を閉鎖した。

③そこで大和屋は前記債権譲渡証書に従い、債権譲渡通知書を財団法人鉄道弘済会に対しては昭和四四年六月一一日、同防衛弘済会に対しては、同月二四日、内容証明郵便によりそれぞれ送達した。

④一方原告は昭和四四年六月二日大和屋との間で同社がもし銀行取引停止処分を受けるような事態にいたったら弁済にかえて債権を譲渡する旨の約束のもとに、同会社の財団法人鉄道弘済会に対する債権の譲渡証書の交付をうけていた。六月八日同会社が取引停止になると直ちに原告は右債権譲渡の通知書を、大和屋の代表取締役篠原英治郎の義兄小林譲二に作成させ、同月一三日内容証明郵便により財団法人鉄道弘済会へ送付し、右通知書は一四日ないし一六日同弘済会へ到達した。

⑤財団法人鉄道弘済会は、大和屋より競合的に債権譲渡の通知書を送付された為、現在の債権者を確知しえず債権額中金七五〇万九一三八円を昭和四四年七月一六日弁済供託した。この際同弘済会は原告を除外して大和屋、訴外北村栄一(大和屋製パン株式会社従業員一二二名代表)、同熊谷社会保険事務所の三者を被供託者と指定したが、これは原告の債権譲渡通知書送達日が、他の三者のなした送達日より後であったことによるものである。そして右供託金は同年七月二二日、右三者の協議の結果、大和屋二六八万円、北村栄一ら三五二万五四〇五円、熊谷社会保険事務所一三〇万三七三三円と分配された。

⑥一方この弁済に不服の原告は右弘済会に対し債権残額の支払を求めて東京地方裁判所に訴を提起したところ昭和四四年一一月九日訴訟上の和解が当事者間に成立し、右和解にもとづき同四五年一一月に同弘済会より金二四七万〇〇八五円を受領した。

八、以上一ないし七に記載した当事者間に争いのない事実及び認定事実を総合して大和屋より被告に対する本件債権譲渡が詐害行為に当たるか否かにつき判断する。

本件債権譲渡のなされた昭和四四年五月一五日頃大和屋の経営状態が悪化していた模様であるが、その当時の消極財産として、同月三一日以降同年一〇月三一日までの間に支払期日の到来する原告よりの手形貸付債務合計五八〇三万七二九〇円、被告に対する借受金債務三〇〇万円の他に、いかほどの債務があったかは詳らかではなく、積極財産として本件債権譲渡の対象となった鉄道弘済会、防衛弘済会に対する売掛金債権の他に財産があったか否かも明らかではない。そして、本件債権譲渡当時はまだ手形の不渡を出していたわけでもなく、債権譲渡された債権額は、被告の有した三〇〇万円とこれに対する昭和四三年一二月二五日以降の日歩四銭の割合による利息・損害金に見合う額に限られこれを超える分については被告は受領権限がないとされていた。

これらの事情の下において本件債権譲渡は詐害行為の成否の判定については「債務の弁済」と同視し得るものと解すべきである。しかるとき、詐害行為になるのは一債権者と通謀し、他の債権者を害する意思があった場合に限られると解するところ(最判昭和三三年九月二六日民集一二巻一三号三〇二二頁参照)、本件においては、これを認めるに足る証拠はなく、かえって前示の争いのない事実、認定事実からは、通謀の事実はなく、被告の貸付けた金三〇〇万円及び利息損害金の履行確保のためなされたものと認められる。

従って、大和屋に詐害の意思を認めることができない。

九、よって原告の被告に対する本訴請求はすべて理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 荒井真治)

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